ー 生田のたまり家 ー

大規模団地の1室リノベーション

築58年で44棟1000戸以上ある大規模団地の一室リノベーション。

子供の成長や現代の生活様式などの目まぐるしい変化に応えつつ、団地全体やすでに3代目の所有者となるこの住戸の履歴を集積し更新するため、「拡張すること」・「住み繋ぐこと」を主軸に計画を進めました。

 

本団地は耐震適合証明取得済みで新耐震基準を満たしているため、躯体はまだまだ活用できる建築ですが、かつて大量に供給されたnLDK型の住戸であり、個室が多いことが豊かだとされた時代の団地のため、現代の住宅と比較して各室とも閉鎖的で狭く区切られた空間に感じられました。

 


「拡張すること」


今回は、壁式RC造のため動かすことのできない躯体壁に区切られた4つのゾーンがありました。ゾーン自体を変えることはできないですが、それぞれの要素を拡張して再解釈することで団地の新しい在り方を探求しました。

 

家族や友人が集うゾーンは、中央を既存FLより-350ほど掘り下げました。床下が深い団地の一階だからこそできる操作です。低天井を解消した開放的な「たまり」を作り出しました。

彫り込んだ「たまり」の周辺には小上がりができ、腰をかけたり、寝そべったり、ご飯を食べたりと寛げるように四方の角はR300で面取りをし、ベンチ、テーブル、キッチンやソファを設えた「ほとり」が生まれました。

多様な動物たちが水辺に集まるように、家族や友人が集まり同じ時間を自然と一緒に過ごせる居場所となるように考えました。

 

また寝室ゾーンは、ベッドスペースという半個室を「ほとり」のそばに設け、子供の成長により緩やかに分割できる場所として、拡張し更新できる余白を残しています。

寝室ゾーンは天井いっぱいの4枚引込戸のみで仕切られていて、扉を引き込むと家族や友人が集うゾーンと一体的な利用ができます。団地特有の広大な芝生の前庭から「たまり」、「ほとり」を経由しベッドスペースへと風が通り抜け、光が差し込む開放的な空間となっています。

 

水回りゾーンは、元の位置だと十分な広さを確保できないため、あえて洗面台を廊下側に再配置することで、玄関からの動線や洗濯動線をシンプルにまとめました。

既存浴室は躯体壁に囲われ最小のユニットバスですら入らず、元の洗面室まで浴室を拡張し床壁天井をFRP防水で一体化しています。洗い場から浴槽に入る際に躯体の梁をくぐる形式となっており、洞窟にいるような感覚を生み、落ち着ける場となっています。

 

玄関付近の個室ゾーンは、クローゼットと仕事場に分割し計画しています。仕事場は玄関から直接アクセスできる動線も確保しており、職住一体の形式の中で、プライベートスペースとワーキングスペース、サーブドスペースとサーバントスペースをそれぞれ緩やかに仕切っています。玄関に向かうにつれて少しずつ社会的な場所になるように住戸の拡張を図っています。

 

4つのゾーンの要素をあえて他のゾーンに侵食して配置することで、閉鎖感なくおおらかに全体を繋いでいます。

 


「住み繋ぐこと」


今回は、既存のフローリングを一部そのまま利用しています。以前の住み手がピアノを置きたいという要望を当時の改修を担当した大工に相談したところ、保管していた堅く摩耗に強いチークの無垢材を貼ってくれたというエピソードをお聞きし、新しい材では出すことのできない風合いと相まって、これはできるだけそのまま継承していきたいと考えました。そのため使用する素材や仕上げはこの茶褐色のチーク材をベースに検討していきました。

 

チークフロアと取り合う床や家具、建具は同系色の赤身のラワン材とし蜜蝋ワックスで仕上げています。既存の壁があった箇所や以前の配管スペースだった箇所は既存のフローリングが貼っておらず、同じ厚さのラワン材で補修しています。異なる素材で継ぎ接ぎとなっていますが、確かに以前そこには壁やキッチンがあったというタイムスタンプとして、この建築に集積しています。


壁・天井は温かみがあり落ち着いた色合いの珪藻土の左官と塗装で、玄関を入りすぐ正面に現れる間仕切り建具は手漉き和紙で仕上げています。

木部塗装、珪藻土左官・塗装、和紙漉きなど手に触れる仕上げのほとんどは仲間を集ってセルフビルドによる施工で行っています。

住む前から多くの人に関わってもらい手作業を自分たちですることで、日々のメンテナンスや補修を自ら行え、完成時にはすでに愛着が湧き、今後も大切に住み続けることができる場となっています。

 

従来型の仕上げを削ぐ躯体表しのマンションリノベーションとの対比として、外周部や熱橋部の断熱材施工・新設樹脂サッシによる高断熱リノベで長く住み繋げる計画としました。

住戸全体で断熱層を形成することで、それぞれの空間をシームレスにつなぎ回遊性を持たせた本計画でも快適な住環境を均質に保持しています。

 

 


少しでも団地の固定概念を変えることができればと考え、完成後、定期的に団地の住民や地域の方々向けの家開きを行っています。

 

間違いなく今後既存の住人が減っていく中、団地という大規模なストックの循環を考える上で、家族や社会の変化に応える側面とここに積み重なった特有の文化や引継いできた住み手たちの思いをためこみ繋いでいく受け皿のような側面を合わせ持つよりどころを目指しました。


竣工年 :2023年建物全体:1966年

場所 :神奈川県川崎市多摩区

用途 :共同住宅

主要構造 :壁式RC造

規模 :延べ面積 約75㎡(1住戸)

施工 :ルーヴィス

:きさらぎ設備

(給排水衛生機器取付工事)

:樋口建具店

(木製建具・家具工事)

:FUJITAKEWORKS(ソファ制作)

:岡崎浩逸堂

(和紙漉き補助・和紙貼り指導)

:セルフビルド

(珪藻土左官/塗装・木部塗装

和紙漉き・和紙貼り・タイル

石貼り・ダイニングテーブル

ベッドボード制作)

撮影 :中村 晃